レシピを見ずに作る方法
レシピというものは、今回の状況にとっては順番が逆だ。材料を先に決めて、作り方はそのあと。前提として、これから材料をひとつ残らず買いに行くことになっている。でも冷蔵庫の中身がすでに決まっていて、今夜何を作るかが問題なのだとしたら、この順番はまったく役に立たない。レシピを四つ五つ開いて、そのどれもが一品ずつ足りなくて、開く前と変わらないままタブを閉じる——よくある光景だ。レシピを見ずに作るというのは特別な才能ではなく、同じ手順を逆から歩くだけのことだ。まずあるものから出発して、そこから一皿へと考えを進めていく。
レシピ先行のやり方が止まってしまう理由
レシピは固定された材料リストだ。固定されたリストは融通が利かない。ひとつ違うものに置き換えただけで、その置き換え自体は何の問題もないのに、「もうこれはあの料理じゃない」という気持ちになりやすい。この落ち着かなさこそが、開いた冷蔵庫の前でタブを三つ四つ開いたまま手が止まる原因だ。腕がないからではなく、「今あるものから出発する」ようにはそもそも作られていない形式だからだ。
直す方法は、レシピをもっと覚えることではない。頭の中に持っておく発想の数を減らして、そのかわりもっとゆるくすることだ。ゆるければゆるいほど、実際に手元にあるものはだいたい当てはまる。
料理名ではなく、カテゴリーで考える
ふつうの平日の夜に作られる夕食は、最終的に何と呼ばれるにせよ、ほとんどが四つのカテゴリーの組み合わせでできている。たんぱく質になるもの、主食になるもの、野菜、そして皿の上を「ちゃんとした一品」に見せてくれるもの。この四つを組み合わせるのに、料理名を先に決めておく必要はない。必要なのは、この四つのうちどれがすでに手元にあって、どれが薄いかを把握することだけだ。
だから、開いた冷蔵庫の前で本当に役立つ問いは「何が作れるか」ではない。これは無限にある料理名の中を探すようなものだ。役立つ問いは「この四つのうち、それぞれどれだけあるか」——中身が見える四つの箱を数えるようなものだ。問いをこう変えるだけで、たいていの作業は終わっている。
ほとんど何でも受け止めてくれる型
思いつきで作る夕食のほとんどは、いくつかの汎用的な「型」のどれかに当てはまっていて、それぞれがカテゴリー内での置き換えに耐えるように、特定の材料を要求しないようにできている。
- 炒めもの。たんぱく質と野菜を小さめに切り、強火で手早く炒めて、最後にたれでまとめる。どの野菜を使うか、どのたんぱく質を使うかはあまり重要でなく、火加減と切り方のほうがずっと効いてくる。
- スープや煮込み。だいたい何を入れても、香味野菜と一緒に十分な時間煮込めば、ちゃんと一品としてまとまる。もっとも懐が深い型で、少し傷みかけたものや、ほかの料理の残り半端な材料の行き先としても向いている。
- 丼もの。炊いた穀物や主食を土台にして、その上に手元にあるたんぱく質と野菜を乗せ、たれをかける。組み合わせに「間違い」がない。順番のある手順ではなく、「土台+のせるもの」という形式だからだ。
- 卵料理。フリッタータ、チャーハン、炒り卵は、半端な材料を使い切るためにできているような数少ない料理だ。ひとさじ、ひとつまみという半端な量でも、卵(や米)が材料同士を釣り合わせなくても一皿にまとめてくれる。
- パスタや麺。主食と油分、それに手元にあるだいたいの野菜やたんぱく質を、ゆで汁のでんぷんで結びつける。丼ものと似た発想だが、もう少し温かく、もう少しゆるい。
どれもレシピではない。器だ。中に入れるものは毎回変わるが、器そのものは変わらない。
「ちゃんと考えて作った」ように仕上げる部分
「ただ寄せ集めただけ」と「こう作るつもりだったように見える」の差は、ほとんどの場合、主材料ではなく最後の仕上げにある。そして毎回だいたい同じ四つで決まる。酸味(酢、柑橘、あるいは漬けもの類)、油分(油、バター、あるいはクリーム系のもの)、十分な塩気、そして香りをひとつ(にんにく、唐辛子、フレッシュハーブ、あるいはすでに開けてある調味料をひとさじ)。これらを意識して最後に加え、味見をしながら調整すれば、噛み合っていない残りものの組み合わせでも、ちゃんと考えて作られた一皿に見えてくる。この仕上げを飛ばすと、材料同士の相性が良くても、間に合わせで作ったような、物足りない味になりやすい。
この仕上げには、ほかの弱点をこっそり補う効果もある。野菜が少ししなびていても、たんぱく質にあまり味がなくても、この仕上げがきいていれば、どちらも十分食べられる一皿になる。
本当に買い物が必要なとき
四つのカテゴリーのうち、ひとつが本当に空っぽということもある。家にたんぱく質が一切ない、棚に酸味のあるものが何もない、といった場合だ。これは正直に認めていい。何でも今あるものだけでカバーできるわけではない。この考え方が変えてくれるのは、買い物の規模だ。帰り道にひとつだけ買い足す程度で済むようになる。よくある失敗パターン——十二種類のうちひとつが足りないだけで、店の中でレシピの材料欄をもう一度読み返す羽目になる——とは違ってくる。
Munchとこの考え方
これはMunchの発想にかなり近い。レシピを先に決めて冷蔵庫と照らし合わせるのではなく、すでに登録してある中身——数量や単位、置き場所も含めて——から出発して、献立を「あとどれだけで作れるか」でグループ分けする。今すぐ作れるもの、あと一つで作れるもの、それより遠いもの。方向性はここまで説明してきたのと同じで逆から進むが、記録の手間はアプリ側が引き受けてくれる。すべて頭の中で覚えておく必要はなく、家族全員にリアルタイムで共有されるので、誰かが何かを使い切っても、ほかの人にもそれがわかる。
ここまでの話に、料理書を何冊も揃える必要も、たくさんのレシピを暗記する必要もない。必要なのは、四つのゆるいカテゴリーと、材料を選ばないいくつかの型、そして意識して加える仕上げのひと手間だけだ。これが習慣になれば、冷蔵庫を開けて何を作ればいいかわからない状態は、壁ではなく、すぐに答えの出る小さな問いに変わる。