冷蔵庫の中でいくつも同時に期限が迫っているとき、何から作る?
結論から書く。まず「急いでいるもの」のリストを、安全性の問題と品質の問題に分ける。安全性の問題を先に処理し、残りの中から一つか二つだけを今夜の料理の主役に選び、手が回らない分は冷凍で時間を止める。全部を一度の料理で救おうとすると、たいてい何も救えない。もともと二分で決められたはずのことが、解のない問題に変わってしまい、解のない問題は、そのまま冷蔵庫の扉を閉じて終わるからだ。
なぜ複数のものが同時に期限を迎えるのか
これは運が悪いわけでも、だらしないわけでもない。食品を一度にまとめて買うという買い方そのものの結果だ。一回の買い物で、ほうれん草の袋、生クリーム、鶏肉の半分、トマトが同じ日に冷蔵庫に入り、同じ日から時計が動き始める。もともと持ちの短いもの——葉物野菜、開封済みの乳製品、すでに火を通したもの——は、だいたい同じ数日のうちに期限を迎えることになる。使うペースがいつもより遅かった週は、さらに悪化する。予定より食べきれなかった分だけ、冷蔵庫の「足の速い層」全体が期限のほうへまとめてずれていくからだ。ふだんなら一つずつずれて期限が来るはずのものが、そうならなくなる。これは買い物という仕組みが当然もたらす結果であって、何かを間違えたサインではない。
リストの一つひとつは、同じことを聞いているわけではない
最初にやると効くのは、いくつも一気に急ぎに見えたとき、頭の中でひとまとめにしてしまいがちな二つの問いを分けることだ。ひとつは安全性の問い——生の肉や魚、すでに火を通して作り置きとして冷蔵庫にあるもの、開封済みの乳製品。ここでは、もう一日延ばすことが本当に影響する、というのが正直で保守的な答えであり、時間に追われながらの勘ではなく、住んでいる国の公式な食品安全のガイドラインに従うべきところだ。もうひとつは品質の問い——葉物野菜がしなびてきた、きゅうりが柔らかくなってきた、トマトのハリがなくなってきた。ここで一日ずれても、味が少し落ちるだけで、安全ではなくなるわけではない。この二つを同じ緊急度で扱う必要はない。今夜の鍋に何を入れるかを実際に決めるのは安全性の側の食材であり、品質の側の食材には、冷蔵庫の扉を開けたときの見た目ほど、余裕がないわけではない。
全部を一つの料理で救おうとするから、結局どれも救えない
開いた冷蔵庫の前で、ほうれん草、残った生クリーム、鶏肉の切れ端、柔らかくなったトマト二個を全部使う一皿を考えようとするのは、見た目より難しい。たいていの料理は一つの主役を中心に組み立てられていて、五つの主役を同時に立たせるようにはできていないからだ。この探し方は、たいてい何も決まらないまま終わり、結局は出前を頼むことになって、最初のリストにあったものは、探している間にさらに一日分古くなっている。抜け出す方法は、リスト全体を一度に片づけようとするのをやめることだ。安全性の余裕がいちばん少ないものを一つか二つだけ選び、今夜の料理の主役にする。スープ、炒め物、オムレツ、丼もの——ほかの半端なものも受け止められる、融通の利く形にする。残りは待たせておく。明日になれば、残ったものがまた冷蔵庫でいちばん急ぎのものになる。それは今夜と同じ出発点で、ただ一つ分だけ、注意を奪い合う相手が減っているだけだ。
品質の問題なら、冷凍庫は逃げではなく、れっきとした答えになる
安全性ではなく品質の問題であるものについては、冷凍することが「今夜、食べずに片づける」現実的な方法になる。冷凍はすでに起きた変化を戻してはくれないが、この先起きることを止めてはくれる。あと一日か二日は火を通さない生の肉、乾き始めたパン、刻んで少量の油と一緒に製氷皿に入れたハーブ——こうしたものは、冷凍すればだいたいその状態のまま止まり、順番を待つあいだにじわじわ進んでいくことがなくなる。これは「今すぐ料理する」と「無駄にしてしまう」のあいだにある、本物の第三の選択肢であり、今夜という夜が本来抱えきれない決断を無理に迫らずに、急ぎのリストから一品を外す方法だ。
この重なりが起きないようにする習慣
ある晩に五つも一気に急いで見えてしまう本当の原因は、たいてい、リストがすでに五つになるまで誰も見ていなかったことにある。冷蔵庫が代わりに決めてしまう手前で、数日おきに確認するようにしておけば、リストが問題になるほど長くなること自体がなくなる。一つか二つなら普通の火曜日で、五つになって初めて非常事態になる。Munch のレシピ提案はまさにこの考え方でできている。それぞれの食材があとどれくらいで期限を迎えるかで並べ替え、レシピを「今すぐ作れるもの」「あと一つ足りないもの」「それ以外」に分けて示すので、期限が近いものから自然と目の前に出てくる。引き出しを一つずつ開けて自分でリストを組み立て直す必要はない。
ここまでのことは、もっと厳格な人間になることを求めてもいないし、結局冷凍庫行きになって今夜の皿に乗らなかったものについて、うしろめたく思う必要もない。必要なのは、安全性を品質より先に置くという仕分けと、一回の食事に一つか二つの問題だけを任せる、そういう割り切りだけだ。