献立アプリが冷蔵庫の中身を知らないのはなぜ?
たいていの献立アプリを開くと、最初に聞かれる質問はいつも同じだ。今週は何を食べたいですか。冷蔵庫に何が残っているかは、ほとんど聞かれない。これは誰かがチェック項目を一つ入れ忘れただけの話ではない。先に献立を組み立てて、あとから冷蔵庫がそれに追いつくことを期待する——これがこの手のアプリの設計そのものだ。だからこそ、献立を組んだ結果できあがる買い物リストには、家にすでにあるものが平気で並ぶことになる。
献立はレシピから組まれる。台所からではない
多くの献立アプリの仕組みは似ている。ジャンルや食事の方向性を選び、何食分か決めると、アプリは自分のレシピ集からいくつか選び出し、それぞれの材料をまとめて一枚の買い物リストにする。この過程のどこにも、いま冷蔵庫に何が入っているかを確認する場面は存在しない。誰も聞いていないからだ。レシピを選ぶ基準は、献立の幅や栄養バランス、写真映えの良さであって、それ自体は間違っていない。ただ、それは冷蔵庫のドアポケットに残っている半分の玉ねぎや、少しだけ残ったカレーペーストとは何の関係もない。献立そのものは完結していて筋も通っている。ただそれは、何もない状態から始まる台所のために組まれたものであって、実際の台所はそこから始まらない。
買い物リストで、その死角が最初に見えてくる
買い物リストは、献立の中で人が実際に行動に移す部分なので、死角が最初に姿を現すのもここになる。リストには玉ねぎ、にんにく、米、オリーブオイルといった、たいていの台所にすでにある程度は常備されているものが並ぶ。アプリが作ったのは「足りない分」のリストではなく「必要な分すべて」のリストだからだ。これは、このサイトで以前扱った重複購入とまったく同じ構造の問題である。家にあるかどうかを確認する必要があるその瞬間は、献立が組まれるその瞬間ではない。だから日曜の午後に組まれた献立は、火曜の夜の冷蔵庫の実際の姿を見ることができず、リストの一行目からすでに現実とずれ始めている。
「持っているものチェック」があっても、向きは変わらない
アプリの中には、買い物リストを作る前に、すでに持っているものにチェックを入れさせてくれるものもあり、一見これで解決しているように見える。しかし実際には、それは献立を組むその一瞬にだけ撮られた一回きりのスナップショットであり、継続的に更新される記録ではない。水曜日になるころには、チェックを入れた玉ねぎはとっくに使い切られていて、チェックし忘れた卵はすでに家に届いている。このチェックリストも、それが作られたときの記憶と同じくらい古びてしまっている。週に一度チェックするというのは、結局のところ、誰かにソファの上から棚の今の状態を正確に思い出させようとしているのと変わらない。前の晩に記憶だけで買い物リストを書くのと同じ失敗の形を、少し見栄えのいいフォームで包んでいるだけだ。
献立は前へ進む。台所はあとを追いかける
一週間分の献立は、日曜日というある特定の一瞬に、これから来る五回の夕食で何を食べたいか、何が作れるかを正確に予測することを求め、その予測をすでに確定した事実であるかのように買い物をする。実際の一週間は、日曜の予測にはおとなしく従ってくれない。友人に外食に誘われる、火曜日の残業が長引く、あるレシピに誰も確認していなかった材料が必要だったと後から分かる。そうした出来事が起きても、食べられなかった夕食のために買われた食材が消えてなくなるわけではない。それでも冷蔵庫には入り、買われた理由からは切り離されたまま、誰かがとっさに何かに使うか、最終的に捨てられるまでそこに残り続ける。献立という考え方自体が間違っているわけではない。ただ、それは家の中の今の状態が見えない方向にしか進めない仕組みなのだ。
本当に冷蔵庫から出発するために必要なもの
この隙間を埋めるのに必要なのは、もっと洗練された献立テンプレートでも、フォームに項目を一つ追加することでもない。必要なのは順番そのものを逆にすることだ。アプリは台所の中身を先に、継続的に把握していて、レシピはそこから導き出される——献立を組む途中でついでに台所の状態を申告し、その申告が届くころには献立はもう半分決まっている、という順番ではなく。これは「持っているものチェック」とはまったく性質の違う機能だ。記録され、追跡され続けるべきなのは献立ではなく食材そのものであり、その記録は献立を組むその瞬間だけでなく、次に組むまでの間もずっと現在の状態を保っていなければならない。
これはまさにMunchが取り組んでいる問題だ。アプリの中に、献立を組む前に台所の状態をあらためて申告するような、独立した「計画」の工程はない。冷蔵庫、冷凍室、常温の棚は、家族が買い物をしたり料理をしたりするたびに自然と更新され続ける、たった一つの記録であり、それぞれのアイテムには数量と保管場所が紐づいている。レシピは、その今ある記録をもとに分類される。今すぐ作れるものと、あと一つだけ材料が足りないもの、というふうに。来週の献立を先に知っている必要はない。そもそも一週間先まで計画を立てさせることを前提にしていないからだ。
これは、週単位の献立という方法そのものが悪いという話ではない。あの決まったリズムが好きな人には、今でも十分役に立つ。問題があるのは設計の方向であって、それを続けられなかった人の意志の弱さではない。矢印の向きを逆にして、献立から買い物リストへではなく、冷蔵庫にすでにあるものから何を作るかへ——そうするだけで、買い物は本当に、具体的に足りないものを埋める行為に戻り、一度も空になったことのない台所にもう一度在庫を積み増す行為ではなくなる。