Munch家庭のキッチン管理

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なぜ人は自分の家がどれだけ食品を捨てているか、少なく見積もってしまうのか

「一か月にどれくらい食品を捨てていると思いますか」と聞いて、その後で実際に一か月分、捨てたものをすべて記録してもらう——このふたつの数字は、ほとんどの場合一致しません。しかも実際の数字のほうがかなり大きくなりがちです。これは、自分ではきちんとしていると思っている家庭でも変わりません。原因は正直さの問題ではなく、食品ロスというものが、そもそも「ひとつの出来事として記憶され、頭の中の合計に足し算される」形ではほとんど起きないことにあります。

ロスは、ひとつの出来事としてはめったに起きない

見積もりやすい食品ロスを想像してみてください。丸ごと手をつけていない鶏肉を、ある特定の日に捨てた、というような場合です。こういうケースは珍しく、珍しいからこそ記憶に残ります——そしてまさにそのせいで、「記憶に残るロス」がロスの主な姿だと、知らないうちに思い込んでしまいます。実際にいちばん多いのはまったく違う形です。皿に残った一口分のご飯、袋の中で三分の一ほど水っぽくなったほうれん草、誰も食べきらなかったパンの端、瓶の底に乾いてこびりついた大さじ二杯ぶんのソース——洗い流されただけで、使われないまま消えていく。これらはひとつひとつを見ても「食品を無駄にした」とは認識されません。どれも、片づけているだけのように感じられます。

捨てるときには、計量が入らない

買い物のレシートは、見ようと思わなくても金額を教えてくれます。捨てる側には、それに相当するものがありません。生ゴミは、包装材や野菜くずなど普段のキッチンから出るあらゆるものと一緒くたに袋へ入り、一日か二日後には家の外に出ていきます。ひとつのカテゴリーとして取り分けられたことも、量られたことも、あらためて見返されたこともありません。これに対して、実際にかなり正確に見積もれるものがひとつあります。それは家庭で実際に「食べた」量です。食べることは、自分がその場に居合わせた、数えられる出来事の積み重ねだからです。捨てることはその逆で、たいてい他のことを考えながら、あっという間に終わってしまう受け身の行為で、後から数え直そうと思っても手がかりがまったく残っていません。

そもそも頭の中で「食品」に分類されていないものもある

実際に捨てられているものの少なくない部分は、「無駄にした食品」ではなく「キッチンの片づけごみ」というカテゴリーに入っています。野菜の切れ端、分離してしまったソース、においだけでは何か判断できない容器の中身。これらを「ロス」と呼び直すには、ちょっとした頭の切り替えが必要で、ほとんどの人はそれをしません。なぜなら、それらは「無駄」という言葉が最初に思い浮かべさせる姿——丸ごとの、見た目にもまだ十分使えそうな食品——とは違って見えるからです。半分残ったジャムも、しなびたピーマンも、どちらも数えるべきものですが、そう見えるのは片方だけです。

記憶に残るのは、代表的でないほうのサンプル

実際に記憶に残るのは、劇的な出来事のほうです。冷蔵庫の奥から何週間も経って出てきたお弁当の容器、カビの生えたパン、「これはもう本当に直さないと」と思わず口にした瞬間。こうした出来事は確かに珍しく、珍しいからこそ記憶に刻まれます。しかし「珍しくて記憶に残る」ことと「代表的である」ことはまったく別物です。自分の記憶だけを頼りに家庭の食品ロスを見積もると、知らないうちに、この少数の劇的な出来事だけをサンプルとして取り出し、記録にも残らないような大量のありふれた小さなロスを見過ごしてしまいます。サンプルが偏っていれば、答えも偏ります。どれだけ正直に答えようとしても、それは変わりません。

これは見えにくさの問題であって、人としての問題ではない

ここまでの話は、誰かが食品を大事にしていないという意味ではありません。数字が最終的に判明したときにそれで落ち込んでも、見えていなかった合計に対して自分を責めても、何かが変わるわけではありません。見積もりと実際の差を実際に縮めてくれるのは、もっと自分を厳しく見ることではなく、その出来事が起きた瞬間に自動的に記録されている何かです。人があとから気づいて分類し、思い出して合計する、という段取りに頼らないもの。これは意志の力の問題ではなく、仕組みの問題です。そもそも、その下敷きになっている一つひとつの出来事が、数えられるようには作られていなかったからです。

Munch(吃啥呀)は、家庭が一か月にどれだけ捨てたかという数字は出しませんし、そのために作られたものでもありません。Munch が把握しているのは、この見積もりの問題の一段下にある、もっと単純なことです——冷蔵庫、冷凍庫、パントリーに今実際に何があるか、それぞれの日付とともに、開封したり使い切ったりしたその瞬間に更新される形で。上に挙げたような小さな、記憶に残らないロスの多くは、まさに「今家に何があるか」を正確に把握できていなかったことから起きています。それを事前にはっきり見えるようにしておくことと、ロスを事後にひとつずつ数え上げることは別の作業ですが、前者があれば、後者になるはずだったものの少なくない部分がそもそも起きずに済みます。